抵当

抑鬱にやられ、横になって韓国のWEB漫画を読みふけるといつの間にか4時間すぎていた。
人と連絡をとるのも、タスクをこなすのも、音楽をきくのも、だめになる。なぜ、韓国のWEB漫画は読めるのだろうか。
高校生のとき、これまた抑鬱にやられて学校をサボっていたとき、昼過ぎに起きて、祖母と録画しておいた「チャングムの誓い」「愛の群像」を観ていた。あの時に、韓国の遺伝子が精神に注入されたのかもしれない。韓国ドラマのビデオを見ずに、教育テレビなどを見ていたら、がんこチャンの遺伝子が精神に注入されて、抑鬱時に恐竜の図鑑をひたすら眺める人間になっていたことだろう。

どっちがマシなのかわからない。

せめて寝る前にシャワーだけでもあびようと風呂へむかうと、水道管が凍結してて湯が出ない。
冷たい水を浴びてがくがくふるえながら、少し元気が出てきたように思える。

明日は休みなので、全部台無しになってもそんなに悪い心地はしない。

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月額500円払って人の日記を読んでいる。
ライブハウスの一杯とこれとどっちが価値があるのだろうか。
癒しを感じるのは日記のほうだ。

最近は楽しい1日があると2~3日は反動で死んでいる。

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2/3

京都へバンドセット遠征。
共演者にも恵まれ、嬉しい再会もあり、よき演奏もでき、パーフェクトに楽しい1日だった。
客席で知ってる顔、知らない顔が揺れてるさまをみて心の底から嬉しかった。
良い演奏をしてくれたサポートメンバー達にも交通費を負担してもらったことが心残りである。作戦を立てなければ、次はないだろう。

どこかのSAでBaモジャが「私は~」というとChoかをるさんが「モジャ君って一人称私なん?」と聞いた。
モジャは「え!?」と驚いた。
「一人称渡しな!」と聞こえたらしい。

一人称を失ったら、主語に自身を置けなくなったら、意見をのべることが極端にむずかしくなる。
それは重要な場面で黙することができる静かで賢い人間への近道かもしれない。
一人称を配り歩こう、売りさばこう。
そんなもの、超売り手市場で買い手は一向に現れないに決まってるが。

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いつか、人から聞いた話で好きなものがある。
心を病んで仕事だったか学校だったかを辞めてしまったときに、ひたすら目の前に横たわる無意味な時間を埋めるためにツタヤの邦画コーナーの端から端まで順番に借りて観ていったら、少しずつ気力がわいてきたそうな。
映画の中にヒントが隠されていただけではないと僕はおもう。
時間をゆっくり使うことがその時期のその人にとって重要だったのではないか。

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