電報

SNSでフォローしている知らない人の深夜配信便を聞きながら、6~7年前、人の放送を見る/聞くというのを日課にしていたことを思い出しました。

安吾さんとの子さんのを欠かさずみてた。そういえばフジファブリックの志村さんが亡くなったニュースは安吾さんの配信の中で知ったなぁなんて思い出してると、今聞いてる放送のピアノカバーBGMのメロディが耳につく。このメロディなんだっけ…あぁフジファブリックの「若者のすべて」でした。

いっきに当時の生活の風景が脳に雪崩れ込んでくる。
常に寝ていたし、働いていなかったし、人ともあまり会っておりませんでした。

日付の境界をちゃんと認識できないのは何年経ってもかわっておらず、忙しくても、寝てるだけでも、どっからどこまでが何日で、ってのがつかめません。酒垂らしてたらなおさら。

でも、なんでしょうか、過去の空気というのはどんだけ気が滅入るような日々のものでも、ふと鼻先をかすめてくれるだけで少しうれしい気持ちになります。

 

 

配信、放送というものがなぜすきなのか、当時はわかってませんでしたが、いまわかりました。

人が話しているのを相槌することなく、マイペースに聞くことができるからですね。

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